朝のオフィス街。曇った空の下、人々は皆一様に前へ進む。表情の見えない後ろ姿は、まるで会社に行けなくなった俺をあざ笑うかのようだ。身体がこわばる、額に汗が流れる。息が苦しい、胸を押さえて座り込む。
「佐田君」
聞き覚えのある声に呼ばれる、顔を上げると同級生だった安住由香が立っている、ある日突然学校に来なくなった時と同じ姿で。風になびくストレートの黒髪、強い意思を持った瞳、束縛の証だったはずのセーラー服は、何故か凛々しい。
「この人達と同じ方向じゃなくても、別に大丈夫だったよ、あたし」
――ああ、俺はずっと前から、誰かに言ってほしかったんだ、その言葉を、確証を持った人物に。安住、お前はいつもひとりで、でも何者にも屈することがなかった。ネクタイなんかで首を絞めても、俺はお前が教室から消えた日で時間が止まっている。“大人”になんかなれやしなかったんだ。
スーツの会社員と女子高生が、人波に逆らって走っていく。雲から太陽が顔を出し始めていた。
彼らの行方は、彼らのものだ。
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